妄想日記(ナース編)続き
2026年02月18日 08:55

あの日以来、
私は彼の病室の前を通るたび、
ほんの一瞬、歩調が乱れる。
ナースとしての私は、
必要な言葉だけを選び、
決められた距離を守って接する。
それでも、視線が触れるたび、
胸の奥で何かが小さく波打つのを感じてしまう。
彼は多くを語らない。
けれど、
私が近づくと、
空気がわずかに変わるのが分かる。
それは、
誰にも見えない、
でも確かに存在する“間”。
ある日、処置を終えて振り返ったとき、
彼の視線が、まだ私を追っていることに気づいた。
何も言わない。
触れもしない。
それなのに、
その沈黙が、いちばん雄弁だった。
「……失礼します」
そう言って部屋を出たはずなのに、
廊下に出た瞬間、
自分の鼓動が少し早いことに気づく。
いけない。
分かっている。
立場も、理性も、
私にそれを強く求めている。
それでも――
“何も起きていない”はずのこの関係が、
私の頭の中では、
いつの間にか特別な色を帯びていた。
夜、ひとりで日記を開きながら、
私は今日も書く。
「何もなかった」
と。
それが、
私と彼の、
いちばん危うい約束。


