妄想日記(キャビンアテンダント編)最終章
2026年02月24日 06:07

一線を越える夜
再び同じ街でのステイ。
偶然とは思えないタイミングで届いた彼からのメッセージ。
「今夜、少しだけお時間をいただけませんか」
断る理由はいくつもあった。
主人のこと。
自分の立場。
守ってきた境界線。
それでも私は、
“少しだけ”という言葉に頷いてしまった。
ホテルのバーは静かで、
低い照明が私たちの表情を柔らかく包んでいる。
会話は穏やかだった。
仕事のこと、旅のこと、人生のこと。
触れていない。
触れていないのに、
空気だけが濃くなる。
「あなたは、いつも自制している」
彼の声が、すぐ近くで落ちる。
その瞬間、
何かが静かに崩れた。
“良い妻”
“プロフェッショナル”
“分別のある女”
積み上げてきた言葉が、
月明かりに溶ける氷のように、すっと消えていく。
エレベーターの中。
鏡に映る私たちは、
まるで秘密を共有している共犯者のようだった。
部屋の前で、私は最後の問いを自分に投げる。
今なら、まだ戻れる。
ドアが閉まる。
沈黙。
彼の指が、そっと私の頬に触れた。
拒むこともできた。
本当は、できたはず。
けれど私は、
目を閉じた。
長い間、押し込めてきた欲望が、
静かに、しかし確実に目を覚ます。
それは激しいものではなく、
むしろ深く、ゆっくりと。
理性が消えたわけではない。
ただ、その夜だけは、
欲望に居場所を与えただけ。
窓の外には、遠くの街の灯り。
地上にいながら、
まるで雲の上にいるような感覚。
翌朝、
私は鏡の前で静かに微笑んだ。
後悔は――ない。
ただ、
新しい秘密がひとつ増えただけ。












