秘密のバイト
2025年09月22日 08:38
朝――
玄関で「行ってらっしゃいませ」と微笑み、主人を会社へ送り出す。
背中が角を曲がって見えなくなるまで見送った後、はづきはゆっくりとドアを閉めた。
静まり返った家の中に、自分の鼓動だけがやけに響く。
最近始めた“バイト”のことは、主人に伝えてある。
「ちょっとした小遣い稼ぎよ」と笑いながら、当たり障りのない説明をした。
家計を助けたい、そんな理由を口にして。
――けれど、本当は違う。
彼に話した“表のバイト”の裏に、もうひとつの顔がある。
もし本当のバイトの内容が主人に知られてしまったら――
考えるだけで背筋が冷たくなる。
良き妻としての仮面が、一瞬で剥がされてしまうから。
でも、その秘密のバイトが、今のはづきにはなくてはならないものだった。
寂しさを埋め、疼きを満たす、危うい時間。
カーテン越しの朝の光に照らされながら、
はづきは鏡に映る自分を見つめ、唇をそっと噛んだ。
――明日もまた、秘密の顔を生きる時間が始まる。